第一章 -4-

 露店の準備は夜明け前から始まる。夜空にまだ星がまたいている時間にヒデ一家は起きだし、商売の準備をはじめる。吐く息が白い。どこからか野良犬の遠吠えが聞こえる。正月は初詣客を見込んであちこちの神社仏閣に市が繰り広げられるから、オヤジと兄貴は別の神社に店を構える。ヒデよりは一足先に出かけていった。お袋と姉貴は飯を炊き、昼飯の握り飯を作ってからの出勤になるから、朝一番の準備はヒデの仕事だ。 「男手は俺だけなんだから」と寒さに震えながらもヒーローである。小学生にしては身体がでかい。オヤジは首を縦に振らないが、実は相撲部屋からも再三、誘いがかかっている。上背もあったから、一見、中学生ぐらいには見える。ヒデがこんなにデカクなったのは、最近のことだ。学校給食のおかげである。そういうと、家でロクなものを食わせてもらってないように聞こえるが、それじゃあ、おっかさんに気の毒ってもんだ。 学校給食は厚くてまずい食パンが二枚と、悪名高き脱脂粉乳、それにいまどき犬のエサ皿にもならないだろうっていうアルミの皿に、なんだかよくわからないようなおかずがのっかってくる。食生活の豊かな家庭の子ほど、そんなものは口に入らない。ところが担任の先生はおっかなくて、残せば居残りだ。そこでヒデが登場する。「よし、俺が食ってやる。もってこい」。どこのクラスにもこういうエエカッコシイでお調子者というのは何人かはいるもの。ヒデとその仲間たちは、あっというまにモコモコと膨張した。

第一章 -8-

 最近では組み立て式の三寸や天張りが出回ってきて、大のオトナでもそういうものを使っているから、この年で一人前に天張りが上げられて、三寸が組み立てられるってのはヒデぐらいなもんだろう。オヤジにぶっ飛ばされるのが恐くて、とにかく覚えははやかった。 おっかさんとねえちゃんがやってくる頃にはヒデの「ノゾキ」、おっかあとねえちゃんの「コヨミ」と「テコボウ」を商う三本の店ができあがっている。テコボウってのは、これで飯を食うと無病息災、健康長寿とタンカを打って売る南天の箸のことだ。軽くて持ち運び便利、健康にいいかどうかは知らないが、利益率はいい。これら縁起物系のネタはすべて「オガミ」と総称されている。   ヒデ一家の稼業はオガミ系テキヤである。