パンダ
「北京動物園にパンダに会いに行こう!」という企画。これまでパンダにはあまり興味がなく、上野動物園へも見に行かなかったので、生パンダを見たのは初めてでした。ほぼゴロゴロしている状態だけでしたけど(^_^;) 他の動物園で見たことがないので、比較はできませんが、大きなガラスの部屋に住んでいて、たぶん、世界のパンダの中ではご邸宅住まいという感じなのかな。
毎度、文句ばかり言って恐縮ではありますが、北京動物園に行ったのは閉園の30前ぐらい。前の「ショッピング」が長かったもので(-_-;) もう、屋外の遊技場からはご帰宅になっていて、放し飼いのような状態は見られませんでした。動物園に入る入口は、帰る人々でごった返していて、バスもなかなか中に入れないような時間だったのですから。出てくる人は「入口」でもお構いなしに出て来るし、車道もお構いなしに歩いてくるし、入口に堂々とクルマが駐車しているし……(笑)
駆け足で、パンダのほかに金絲猴(きんしこう)という猿を見物。チベットに生息する猿でmゴールデンモンキー、チベットコハナテングザルとも呼ばれているそうです。チベットの標高3000メートルの地に生息。いまでは数が減って「絶滅危惧II類」に分類されています。「頭に金の輪っかをのせると孫悟空になる!」という猿だそうで、遠くてあまり顔はよく見えなかったのですが、ちらっと香取慎吾似ての猿を思い浮かべてしまいました(笑) ちなみに孫悟空がはめさせられている金の輪っかは緊箍児(きんこじ)というそうです。
立冬
紅葉はどうなっているのでしょう? 政治的、経済的にニュースが盛りだくさんで、そっちに気をとられていたら、紅葉が始まっているのか終わっているのか、まったくお留守になってしまいました(^_^;) 急に冷え込んだほうが色は鮮やかになるのでしょう? でも、あまり急激だと紅葉せずに枯葉になるという話も……。
紅葉狩りもいいかなぁと思いますが、いい場所であればあるほど、結果的に人の山を見に行くようなことになりかねません。さてさて、近所でこじんまりした秋の風景でもさがしますかね。
北京猿人
中国の歴史というと、明だ、清だ、というイメージでしたが、もっと古かったのです。北京猿人の博物館に連れて行ってもらいました。私は、教科書で北京原人と習ったような気がしたのですが、博物館の標記は「北京猿人」。確かに猿が直立したような「人」ではありましたが(^_^;)
北京猿人が暮らしていた洞窟とか、地層などが見られましたが、地質学などはまったくカヤの外なので、ただの洞窟にしか見えない……。猫に小判というのはこのことですね(笑) むしろ園内に飾られている石の動物などのほうがおもしろかったりして(^_^;) まるで毛皮のように見えるのに、さわってみると確かに石造りで、なかなか精巧な細工だなぁと感心してしまいました。
猿人の大きな顔が博物館の前に飾られているのですが、「けっこう似てる人いるんじゃない?」という感じです。現代人もさほど進化しているわけではないというか……(笑) 博物館自体は、石器が飾られていたり、洞窟生活のジオラマがあったり、よくある博物館のタイプ。あまり新鮮さは感じなかったのですが、外の洞窟とその周辺のうっそうとした感じは、「おお、ここで猿人たちが暮らしていたのか!」という感じです。
頤和園
頤和園は、ものすごく大きな庭園公園。1998年にユネスコの文化遺産に登録されたものだそうです。290万平方メートルもあるとのこと。なんでも大きい北京でも最大の広さを持つ公園です。よく東京ドーム何個分とか言いますが、東京ドームってたかだが4万6,700平方メートルぐらいですよ(笑)
12世紀中頃から、宮廷で使用する水源を確保する貯水池として開発したのがはじまりで、15世紀末あたりからときの権力者の庭園として整備されてきたようです。19世紀に頤和園と名づけられ、かの有名な西太后の避暑地になったそですが、とにかくお金かけすぎで、当時の清朝としてもなかなかシンドイことだったとか。
建物はいろいろあり、3階建ての京劇の劇場などもありますが、例によってすすっと行って帰ってくるだけで、じっくり見ることはできません。しかも、土曜日だったせいか、お正月の浅草並みの混雑という感じ。ほとんどは中国各地からの観光客のようです。みんなお揃いの帽子やジャンバーのようなものを着て、旗を立てて歩いています。私たちのガイドさんも旗を立てて歩くのですが、旗を立てての観光って、修学旅行以来って感じです(笑)
中国人の観光ツアーのみなさんは、自由人が多いようで、並ばないし、集まりません。旗やお揃いの帽子は必需品でしょうね。なければすぐに迷子になるんじゃないかしら。それにみんな声がでかい(^_^;) それが大勢集まってしゃべくりあっているわけですから、うるさい、うるさい(笑) ガイドさんたちはその中で説明をしなければないので、拡声器を持っている人も多く、そんなこんなでものすごい喧騒です。
なので、ちょろっと観光でもお腹いっぱいという感じになりますが、もし、人が少なくて、静かであれば、本当に素敵なところなのではないかと思います。平日の早朝などであれば、いいのかも。ずーっと長い回廊の天井には、素晴らしい文様や絵が描かれていて、実に見事。遠くに築山と建物が見えましたが、そういうところをそぞろ歩いてみたいと(-_-;)
盧溝橋
盧溝橋といえば、盧溝橋事件のことだけを知っているという感じだったので、なんで観光?と思っていました。世界遺産になるような由緒のある橋だとはつゆ知らず(^_^;) 盧溝橋は1192年 に完成。何度か修復が施され、現在は全長266,5メートルの永定河(むかしは盧溝河といったそうな)に架かる石造りのアーチ橋です。橋の欄干は、それぞれが異なる表情や姿をした獅子の像になっています。なんと合計501もあるそうです。
マルコポーロが「東方見聞録」の中で、この橋を「世界中どこを探しても匹敵するものがないほどの見事さ」と記したことから、西欧ではこの橋のことを「マルコポーロの橋」と呼ばれているそうです。橋のたもとには乾隆帝の筆と伝えられる「盧溝暁月」の石碑があります。この皇帝がここで月を見たということ、現在でも月見の名所になっているのだとか。
日本では、やはり月見の名所というよりは盧溝橋事件の場所として知られていますよね。1937(昭和12年) 7月7日に起きた謎の発砲事件が日中戦争の発端となったと学校でならったのではないでしょうか。この戦闘で日中あわせて100人ぐらいの死傷者を出したとのこと。死傷者は圧倒的に中国側に多かったようですけど。
バスを降りて一番先に目に入るのは、橋のたもとにずらりと並べられた大砲です。当然、日本軍がいたほうへ向けられているのでしょう。これはいまでも抗日の象徴なのかな? かつては日本も、そうとうひどいことをやってきましたからねぇ。日本と中国、積年の恨みつらみが、どこにもここにもあるようで、互いに政治が変り、体制が変っても、そう簡単には歩み寄れないねぇと思いました。